忍者ブログ
「増/田こう/すけ劇場 ギャ/グマン/ガ日/和」にハマって、鋼サイトに日和ブログページを作ってしまいました……。 つらつらと日和への思いを書いていこうと思います。
[52]  [51]  [50]  [49]  [48]  [47]  [46]  [45]  [44]  [43]  [41
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 この「昔語りシリーズ」を書くにあたり、自分の中に下記のような決めごとを設け、それに従って
お話を作りました。おかしな点は多々あろうかと思いますが、「だいたいそんな感じ」という温かい
目で見てやって頂ければ幸いです。

 
<天皇について>
 
 文献によると「天皇」号の成立は天武朝とか推古朝とか諸説あって、はっきりいって今回のお話
の時代は端境期にあったようです。なので、別にどっちの名称を使ってもいいと思うのですがw、
一応私的に今回の舞台は大王を中心とした時代であったとの認識で、存命中は「天皇」という称
号は使わず、「大王」で統一しています。「皇族」も、「王族」としています。また、「敏達天皇」、「用
明天皇」、「推古天皇」という名称は諡号(死後に贈る名前)であることから、存命中は「大王」とし
ています。但し、死後何年も経過している場面では諡号が定着しているものとして、上記名称を
使用しています。本来はここでも「敏達大王」などと表記すべきなのでしょうが、私自身「敏達天
皇」、「用明天皇」、「推古天皇」という名称に慣れ親しんでいることもあって、死後は「天皇」という
称号を使いました。
 
 
<みこ、ひめみこの表記について>

 上記の件から、「みこ」、「ひめみこ」という名称も、「王子」、「王女」の漢字を使用し、「皇子」、
「皇女」は使用していません。

 
<個人名について>

 これに関しては一番悩みました……。時代的に詳細な資料がなく、その上世間で通っている名
称のほとんどが諡号なのです。ただ、「古事記」、「日本書紀」を編纂した時代でも飛鳥時代の資
料は少なかっただろうし、とある文献によれば「遡って付けた称号とはいえ、この時代の和風諡号
は当時の呼び名を使っているであろう」との説も。これらを参考に、以下のように決めました。
 
・用明天皇(太子パパ)
 幼名として出てくるのが「大兄皇子」なんですが、とにかく資料が少ない……。ただ、和風諡号
(日本特有の諡号)の「橘豊日」という名前が個人的に大好きなのでw、「橘豊日王子」としました
。きっと小さい頃は「橘豊日」って呼ばれてたと思います(←管理人の妄想です)。また、在位中は
「橘豊日命」としています。没後は「用明天皇」を使用しました。
 
・推古天皇
 太子パパに比べて参考資料ありすぎ。さすが日本初の女帝です。資料が多い分、色々な呼び
名がありました。結果、幼少時の「額田部王女」を基本に、敏達妃時代は「大后」、在位中は「豊
御食炊屋比売命」としています。この人は、太子や馬子さんよりも長生きしたので、お話の中で「
推古天皇」という名称を使うことはありませんでした。
 
・欽明天皇(太子のじいちゃん)&敏達天皇(推古天皇の旦那)
 用明、推古の例にならうと、この二人も在位中は和風諡号で表すところなのですが、はっきりい
ってこの二人の和風諡号はややこしい(古事記表記にて、欽明:天国押波流岐広庭天皇、敏達:
沼名倉太玉敷命)。なので、「現大王」、「前大王」だのでお茶を濁してますw。
 
・穴穂部間人王女(太子ママ)
 実弟に「穴穂部王子」がいるので、区別するため「間人」としています。
 
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
03 2026/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
Web拍手
最新CM
[01/14 月]
[08/14 うた]
最新TB
プロフィール
HN:
さくら
HP:
性別:
非公開
自己紹介:
日和にどっぷりハマってしまいました。
よろしくお願いします♪
好物は太妹w。
SSもどきを書いたりしますが、
ほのぼのか、吐くほどあむぁいもの
しか書けません……。
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
忍者ブログ [PR]